あなたという一人の人間、社会での役割は?

 

スモールジム代表取締役の辰田です。

 

皆さんは自分を構成する役割をいくつほどお持ちでしょうか。多ければいいということでもないですが少なすぎると社会の一員としてやや寂しい感じもあるように思います。

 

僕はトレーナーや理学療法士など運動やスポーツに関わる人たちの独立をサポートするスモールジムという会社の社長、医療介護を主業とするインプルーブマネジメントという会社の社長、地元小学校のPTA副会長などがあります。

 

その他その都度お願いされるような細かい役割や機能していない肩書きだけのような実態に合っていないものは割愛して、リアルタイムで機能しているものだけを挙げればこんな感じです。

 

体が役割の分だけあればその全てに全力を注げますが時間は有限です。どの役割にどれくらいの時間と労力を費やすのか、いつも取捨選択しながら生活しています。

 

はじめはひとつの役割を全力でこなすことから始まります。いきなりマルチにできる人はそうそういません。僕もそうでした。それが時間軸の経過ともにできることが増えていきます。人々との縁が増えて、会社が増えて、社会での役割も増えていきます。形にすると不規則な楕円形のようなイメージで上下左右に徐々に膨らんでいく感じです。

 

論語でいう「五常の徳」が上下左右に広がっていく様子です。

 

それがどこまで自分に備わっているかは別としても、社会に向けてそれを発揮しないと意味がありません。学びや考えることは誰にでもできますが、何らかの形で行動に移しそれを継続して結果を出し続けて社会貢献をしながら自己成長も同時に実現していく過程に社会的な価値が生まれます。

 

学ぶだけでは全く足りないのです。

 

その発揮の方向が事業中心だとまた限定的です。何かが足りてない。僕自身、事業は社会の問題解決のために存在していると考えています。現在は医療介護事業やスモールジムを通じた予防事業も行っているため、その存在意義は大いに感じていますがまだできることがあるのではないか。

 

そこで僕がアカデミックな意味で関心のある社会学領域の医療、介護、福祉、教育という大項目のうち、自分を構成する事業以外での環境に目を向けました。

 

医療介護は既に事業として営んでいますが福祉教育の分野はほぼ手つかずです。身近にその実践の場はあるか模索しました。学びではありません。あくまで「実践」がここでの条件です。

 

我が家にはまだ小さな子供がいるので自然と小学校のPTAの活動が目に留まりました。僕は自分で立候補しましたがそんな人はほとんどいないそうです。だいたい周囲から推薦だったり流れでそうなったりが多いそうです。

 

めんどくさそう、そんな時間はない、そういう姿勢ではその人の幅や可能性は広がりません。自分で可能性の幅にフタをしてしまうのはもったいない。

 

話を戻して、教育の中でも学校で行われるのが主に先生が行う「学校教育」、家庭で行われるのが主に親が行う「家庭教育」、もうひとつ大切な教育が「社会教育」です。

 

その「社会教育」を担う活動をはじめて1年半。

論語への理解、五常の徳への理解、中庸への理解、何よりも地域社会や人間へ理解が少しだけ深まりました。社会教育は事業や会社組織とは行って帰るほどに違いがあります。そこで得られる経験の大きさに説明は不要でしょう。

 

学びが実践により身についた瞬間です。

学んでいるだけはダメ、実践だけでもイマイチ、やはり学びと実践のセットが最も吸収がいいです。学びは当然ながら一生継続的に続けます。そこにいろんなタイミングで実践の機会が訪れて学びと実践が交差します。その場数を踏むことで体得していけるものが多層的に増えていきます。

 

おそらく、なりたい自分を長年にわたり追い続けた結果、社会から求められる自分に昇華していくのでしょう。僕は後年そんな人間になっていけばいいなと思っています。

 

自分に何ができるのか?行動すると見えてきます。考えていても何も見えません。皆さんはどうでしょうか。

 

それではまた来週。

 

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